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最高裁判所第二小法廷 昭和31年(あ)1761号 判決

主文

原判決中被告人藤岡に関する部分を破棄する。

右被告人に対する本件を札幌高等裁判所に差し戻す。

被告人蓮沼の本件上告を棄却する。

理由

弁護人大塚重親の上告趣意第一点について。

第一審は、本件公訴事実第一の(一)、(二)(被告人藤岡、同蓮沼両名の農林漁業資金融通法による政府貸付金の業務上横領)並びに第二(被告人藤岡の春季造林補助金の業務上横領)はすべて犯罪の証明が十分でないとして被告人両名に対し無罪を言い渡したところ、右判決は事実を誤認したものであるとして検察官から控訴の申立があり、原審は右控訴趣意を容れ、前記第一審判決を破棄し、自ら事実の取調として証人佐々木三郎、外三名を各尋問し、右証人石田徳の尋問調書並びに第一審において取り調べた証拠を引用挙示して各公訴事実の全部につき被告人両名に対し有罪判決を言い渡したことは、本件記録に徴し明らかである。

そして原審が事実の取調として尋問した前掲証人四名はいずれも前記公訴事実第一の(一)、(二)の証拠として取調を請求されたものであり且つその証言内容はいずれも右公訴事実第一の(一)、(二)につき犯罪の成否を決する上に関係を有するものであることは、これまた記録により明らかである。

されば公訴事実第一の(一)、(二)に関する限り、原審の措置は当庁昭和三一年九月二六日大法廷判決(刑集一〇巻九号一三九一頁)の趣旨に徴するも何ら違法でないのみならず、控訴審が刑訴四〇〇条但書によって直ちに判決する場合において、同四〇四条により第一審の公判に関する規定を準用して覆審をなし、第一審で取り調べた証拠につき再び証拠調を行い、これに対する被告人の意見弁解を聴くべきものではなく(当庁昭和二五年四月二〇日第一小法廷判決、刑集四巻四号六四八頁参照)、第一審において証拠能力のあった証拠は、再び証拠調をし直すことを必要とせず、控訴審においてその侭証拠能力を認めて判決の基礎となし得ることは同三九四条に明定されており、殊に本件の如く、控訴審において自ら事実の取調をした以上は、第一審の無罪判決を破棄して有罪を認定するに当り、第一審において取り調べた証拠のみを挙示しても何ら違法でないことは、当庁判例の示すところである(昭和三三年二月二〇日第一小法廷判決、刑集一二巻二号二六九頁参照)。

従って、所論違憲の主張は公訴事実第一の(一)、(二)に関する限り既にその前提において是認し難く、単に原審の手続の訴訟法違反を主張するに帰し、同四〇五条の上告理由に当らない。但し、公訴事実第二(被告人藤岡の春季造林補助金の業務上横領)については、原審の措置に同四〇〇条但書違反の事由あること後掲判示のとおりである。

同第二点について。

論旨前段は、原判示第一の(一)、(二)の事実共に被告人らには不法領得の意思なく且つ本件政府貸付金はこれを貸付目的以外の目的に使用してもそれ自体何ら処罰の対象とはならないのに、被告人らに対し業務上横領罪の成立を認めた原判決は、法令の解釈を誤り且つ従来の判例にも違反すると主張する。

農林漁業資金融通法(昭和二六年法律一〇五号、同年四月一日施行、同二七年法律三五五号農林漁業金融公庫法附則八項一号により廃止)による政府貸付金は、これを貸付の目的以外の目的に使用してはならないが、貸付金の使途の規正に反する行為に対しては何ら罰則の定がなく、同法による政府貸付金は消費貸借による貸金として貸付を受けた自然人若しくは法人の所有に帰し、これを貸付の目的以外の目的に使用した場合そのこと自体は、貸主たる政府に対する関係において単なる貸付条件違反として一時償還を生ずるに止まり、直ちに横領罪が成立するものでないことは、正に所論のとおりであり、この理は借受人が自然人であると法人であるとにより何ら差異はない(同法三条四項二号、四条一項参照)。

そして右政府貸付金は、自然人に対して貸し付けられる場合とその自然人が組織する法人に対して貸し付けられる場合とあり(同法二条参照)、いずれの場合にもその使途が規正されていること前叙の如くであって、後者の場合該貸付金は政府と法人との消費貸借の当然の結果として一旦は法人の所有に帰するが、必ず予定転借人である自然人に転貸することを要し、事業の進捗状態に応じ速かに転貸交付するか、直ちに転貸しないときは転貸資金として受託機関(例えば、農林中央金庫、地方銀行)に預託し、法人の通常の収入、資金とは別途に保管すべきもので、一定の手続さえ履践すれば転貸資金以外の用途に流用支出することができるものと異なり、保管方法と使途が限定され、転貸資金以外他のいかなる用途にも絶対流用支出することができない性質の金員であること、本件の場合判示美深町森林組合は旧森林法(明治四〇年法律四三号)により設立された同町区域内の森林所有者の組織する営利を目的としない社団法人であって、被告人藤岡は当時組合長として組合の業務一切を掌理し、同蓮沼は当時組合常務理事として組合長を補佐し組合の業務を執行していたこと、本件政府貸付金一七五万円は、政府が農林漁業資金融通法により右組合の組合員のうち造林事業を営む者に交付するため、右組合に対し貸付決定したもので同法四条一項により造林資金以外の用途に使用することのできない金員であること、被告人らは右組合の業務執行機関として組合のためその委託に基き業務上これを保管する責に任じていたことは、いずれも原判決挙示の証拠により十分に認められ、この点の原審認定に誤りはない。

とすれば、たとえ右貸付金一七五万円が一旦は組合の所有に帰したとしても、組合の業務執行機関として組合のためその委託に基きこれが保管の責に任じていた被告人らが、これを使途の規正に反し貸付の目的以外の目的に使用したときは、借主たる組合自体と貸主たる政府との外部関係において貸付条件違反として一時償還の問題を生ずるのは勿論のこと、更にこれとは別個に、金員保管の委託を受けている被告人らと委託者本人である組合との内部関係においては、金員流用の目的、方法等その処分行為の態様如何により業務上横領罪の成否を論ずる余地のあることは当然といわなければならない。

ところで原審の確定した事実によれば、判示第一の(一)の美深町に対する貸付は年末に際し諸経費の支払資金に窮していた同町からの要請に基き専ら同町の利益を図るためになされたものであって、組合の利益のためにする資金保管の一方法とは到底認め難く、又同(二)のカラ松球果採取事業は被告人らの経営する個人事業であって同事業のための借入金元利返済に充てられた本件四〇万円余りは専ら被告人ら個人の利益を図るために使用されたものと認めるの外なく、しかも右(一)、(二)の各支出は組合役員会の決議の趣旨にも反し、組合本来の目的を逸脱し、たとえ監事宮原玉一の承認を経ているとはいえ、この承認は監事の権限外行為に属し、これあるがため被告人らの右各支出行為が組合の業務執行機関としての正当権限に基く行為であると解すべきものでないことは原判示のとおりであり、結局原判示第一の(一)、(二)の各支出行為は、被告人らが委託の任務に背き、業務上保管する組合所有の金員につき、組合本来の目的に反し、役員会の決議を無視し、何ら正当権限に基かず、ほしいままに被告人ら個人の計算において、美深町及び被告人ら個人の利益を図ってなしたものと認むべきである。

されば、たとえ被告人らが組合の業務執行機関であり、本件第一の(一)の美深町に対する貸付が組合名義をもって処理されているとしても、上来説示した金員流用の目的、方法等その処分行為の態様、特に本件貸付のための支出は、かの国若しくは公共団体における財政法規違反の支出行為、金融機関における貸付内規違反の貸付の如き手続違反的な形式的違法行為に止まるものではなくて、保管方法と使途の限定された他人所有の金員につき、その他人の所有権そのものを侵奪する行為に外ならないことにかんがみれば、横領罪の成立に必要な不法領得の意思ありと認めて妨げなく、所論指摘の事由は未だもって横領罪の成立を阻却する理由とはならず、背任罪の成否を論ずる余地も存しない。

従って、原判決が本件につき業務上横領罪の成立を認めたのは正当であり、論旨引用の諸判例はすべて本件に適切でなく、所論判例違反の主張は採用することができない。

論旨後段は、原判示第二の事実(公訴事実第二に照応する事実)につき、原判決の事実誤認を主張するものであるが、職権をもって調査するに、本件公訴事実第二は、被告人藤岡の春季造林補助金横領の事実であって、この春季造林補助金なるものは、地方財政法一六条、森林法一九三条等の諸規定に基き、国が小規模の造林事業を行う自然人に対し、事業完成後その実績に応じて給付する一種の国庫補助金であって、償還義務を伴わないものであり、公訴事実第一の(一)、(二)における農林漁業資金融通法による政府貸付金が、比較的大規模の造林事業を行う自然人若しくは法人に対し、事業着手前予定計画に応じ交付される一種の貸付金で、償還義務を伴うものであるのと全く性格を異にし、従って、公訴事実第一の(一)、(二)と第二とは全然別個独立の関係にあることは、記録並びに関係諸法規に徴し明らかである。

そして、原審が事実の取調として尋問した証人佐々木三郎、同宮原玉一は公訴事実第一の(一)の証拠として、同宮原玉一、同梶田庄平は同第一の(二)の証拠として、同石田徳は右農林漁業資金融通法により融通を受けた資金の性質を立証する証拠としてそれぞれ取調を請求され且つその証言内容はいずれも右各立証の趣旨に照応するもので、公訴事実第二の春季造林補助金の性質及びこれが横領の事実には全く無関係であること、しかも原審は公訴事実第二の証拠として検察官のなした証人塚田知周、同伊藤一男の各尋問請求を却下してこれが取調をしなかったことが記録上明らかに認められる。

さすれば、原審は公訴事実第二については自ら何ら事実の取調をしなかったことに帰するものというべく、かように、第一審が起訴にかかる公訴事実を認めるに足る証明がないとして、被告人に対し無罪を言い渡した場合に、控訴裁判所が右判決は事実を誤認したものとしてこれを破棄し、自ら何ら事実の取調をすることなく、訴訟記録及び第一審で取り調べた証拠のみによって直ちに被告事件について、犯罪事実の存在を確定し有罪の判決をすることは刑訴四〇〇条但書の許さないところであることは、当庁昭和三一年九月二六日大法廷判決(刑集一〇巻九号一三九一頁)の示すところであり、この理はその事実が単純一罪の事実であると或は又本件の如く併合罪の関係にある数個の事実のうちの一部の事実であるとによって差異はないものと解すべきであるから、前記第二の事実につき自ら事実の取調をすることなくして無罪の第一審判決を破棄し、前掲の如く事実の取調をした第一の(一)、(二)の事実と合わせ直ちに有罪の言渡をした原判決は違法であり、弁護人の上告趣意に対する判断をまつまでもなく、原判決は被告人藤岡に関する部分につき破棄を免れない。

なお被告人蓮沼については記録を調べても同四一一条を適用すべきものとは認められない。

よって同四一一条一号、四一三条、四一四条、三九六条により主文のとおり判決する。

この判決は弁護人大塚重親の上告趣意第二点前段に対する裁判官河村大助の少数意見があるほか全裁判官一致の意見によるものである。

上告趣意第二点前段に対する裁判官河村大助の少数意見は次のとおりである。

原判決認定の事実関係を要約すると、

社団法人美深町森林組合は、昭和二六年一二月一二日農林漁業資金融通法により、政府から造林資金として一七五万円の貸付交付を受けたこと、右金員は政府と組合との消費貸借による当然の結果として組合の所有に帰属したものであること、右金員は組合員の造林資金に転貸すべきものであって他に流用することが禁ぜられ、これに違反したときは、政府は組合に対し一時に償還を命じ得ること、然るに組合長である被告人藤岡及び常務理事である被告人蓮沼は、監事宮原玉一の承認を得て右金員の内四三万円を美深町に貸付けをなし、町は翌二七年三月末日利子八、〇〇〇円と共に組合に弁済を了した、というのである。

しかして右町の借入れは組合の貸付であって、被告人等個人からの貸付でないことは原判決引用の証拠(証人平塚久の一審第三回公判調書、一審証人佐々木三郎の尋問調書、宮原玉一の副検事に対する第一、二回各供述調書)により明らかであり、個人が貸主であると認むべき証拠は存在しない。尤も此点に関する判示は明確を欠く嫌いはあるが、組合は町から元金の外利息八、〇〇〇円の弁済を受け、被告人等は何等利得していない旨の判示から見れば、組合対町の消費貸借を認めている趣旨と解するの外はない。

ところで右融通法に於ける流用の禁止及びその違反に対する期限の利益喪失の条項は、消費貸借に附帯する制裁約款であって、借主の遵守すべき債権的の義務を定めたものと解すべきである。そして同法には右違反に付て別段罰則の定がないから刑事上の横領罪を構成するかどうかは、その行為が同罪の構成要件を充足するかどうかによって決せられる問題である。

横領罪の構成要件はいう迄もなく、主観的要件である不法領得の意思と、客観的要件である不法領得の意思実現の客観的行為である、すなわち、自己の占有する他人の物を不法に領得することが犯罪の客体であって、自己の所有物を自己が処分する場合はたとえその物につき法律上又は特約上処分の制限又は禁止の存する場合(刑法二五二条二項の場合を除く)であっても、他人の物の処分でないから横領罪を構成することはない。又たとえ他人の物の占有者であっても、その処分が所有者のためにする場合は横領罪を構成しないこともいうをまたないところである。村長が第三者の利益を図り其の職務上保管する村の基本財産を村の計算い於て貸与しようと決意し、村会の決議を経ず擅に之を第三者に交付し因て村に財産上の損害を加えた場合、寺院の住職が寺院のためにする意思を以て法律上必要な手続を履まないで寺院の什器を処分した場合等、いずれも背任罪を構成するは格別業務上横領罪を構成しないことは夙に判例の存するところである。(前者、大判昭和九、七、一九、集一三巻九八三頁、後者、大判大正一五、四、二〇、集五巻一三六頁)

本件森林組合の借入金は消費貸借に基いて政府から交付を受けたものであるから所有権が組合に属することは原判決も認むるところである。唯組合はこれを組合員に転貸すべき義務を負うものではあるが、その義務に違反して、町に一時貸与したとしても、その金員は組合から町に所有権が移転し、すなわち、組合はその金員を失う代りに消費貸借債権を取得するものであって、その間何等被告人等個人の領得乃至処分行為の介在する余地はないのである。勿論法人の貸付行為と謂っても代表者たる機関によって行われるものではあるが、その機関の行為は法人の組織の裡に吸収されて法人の行為となってしまい、個人の行為としての存在意義を失い、その行為の効果も法人に帰属するものであることはいうをまたないところである。(なお町への貸付は、不法行為ではない、唯組合が政府に対し債権的義務違背という別個の問題を生ずるに過ぎない)本件組合の財産たる金員を町に貸付けることは組合が組合財産を処分することであって、たとえそれが前記融通法に違反する行為であっても代表者等個人が個人のためにこれを処分するものでないから、その代表者等個人に不法領得の意思を認むる余地は存しないものというべきである。然るに組合から町への貸付であること明らかな本件において唯流用禁止違反の事由があるからといって、卒然として個人を業務上横領罪に問擬するのは、不正領得という財産犯罪の本質を逸脱するものであって、到底これを是認し得ないのである、すなわち、被告人等の行為が他の法定要件を具備する場合背任罪を構成するは格別、業務上横領罪を構成するものではない。従って原判決は横領罪に関する法律の解釈を誤りたるか審理不尽の違法あるものであって、此点の論旨は結局理由があり、被告人両名に対し原判決を破棄するを相当と思料する。

(裁判長裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一)

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